- 社長インタビュー
専門知識がなくてもいい。必要なのは「木を知り、活かそうとする探究心」
有限会社村口産業 代表取締役。1947年生まれ。風間浦村易国間出身。元々養豚と製材業を営んでいた村口家。1944年より青森ヒバの製材業を開始し、1994年有限会社村口産業の設立に至る。生活雑貨から大型家具、アイディア商品からヒバを取り入れた素材開発まで、青森ヒバを一切無駄にせず機能性とユニークさを併せ持つ商品づくりが注目を集める。2008年には日本航空のファーストクラスで青森ヒバの箸を採用されるなどの実績がある。 常に「新しい発想」で青森ヒバの商品化に取り組む村口社長にお話しを聞かせていただきました。
「豚が食べたヒバのおが粉」がすべてのはじまり
もともと家業だった養豚場で母豚のゲージに敷ワラとして敷いていた“おが粉”を、豚が食べたんだよ。それが青森ヒバに乗り出すきっかけだったの。当時、保健所の人が来たときに臭いも病気もないことに驚いていたのを今でも覚えている。「そうか、青森ヒバは健康にもいいし元気にもなれるのか」って思って。これを人間に置き換えたらスゴイことになるなって思って、だんだん商品開発に力が入っていった。俺もはじめは大工の経験だってなかったし、師匠も持たず、技術もなくて何もできなかったが、がむしゃらにやってきた。でもその経験があったからこそ色んなことを覚えていったし、人や地域に支えられてここまでやってこれたし度胸もついたな。今は感謝しかない。
楽しまずして青森ヒバ商品は生み出せない
人生面白くないとつまらないでしょ?でも誰が面白くするって、自分なんだよ。俺はいつも「なんでだろう?」の繰り返し。ヒバが持ってる力や可能性を考えだしたら実験せずにいられないし、なんたってワクワクすると思わないか?あとね、毎年北海道にヒバの苗木を持って植樹しに行ってるの。ヒバが成長できる北限はどこまでなんだろう?って思ったのよ。ヒバは成木になるまで300年はかかるから俺が生きているうちには分からないかもしれないけど俺は本気で知りたいの。俺、おっかしいだろ?(笑)
俺は生まれ変わってもヒバに関する仕事がしたいって思ってる。
村口産業の次代を担う人材像について
やっぱり明るくて挨拶ができる人だな。でもムスっとしてるのは、どんな人でも初めから断る。あとは色んなものを表現できる人だな。やる気が大事で「なんでだろう?」と常に疑問や興味を持って常に成長していける人がいいな。自分の中だけに閉じこもるのはいけない。とにかくやる!ということ。下手でもいいから自分から何でも覚えていく姿勢が大事。
例えば青森ヒバが好きで、青森ヒバを活かして生活を立ててやっていけるような、独立意欲があるような人がいたらいいよな。そういう人はしっかり育てるし、ここにいるスタッフもみんなで育てるという気持ちを持つでしょ。そうしていく中で、色んな人と知り合って、色んなことを覚えていって、さらに新しい発想にたどり着く。プロの大工とか、最初から専門知識がなくてもいい。「木を知ること」からしっかりはじめて欲しい。木を覚えずしてなにも始まらないからな。とにかく一生懸命なやつは応援したいな。
あ、そうだ。これから社員にもインタビューするんだろ?悪口なんでも言わせて、良いことも悪いことも全部書いて載せるんだぞ。それもこれも全部含めて「村口産業」だからさ。これが俺のスタイル。